「見えないものを見る」|早稲田大学繊維研究会 「透き間、仄めき」 学生インタビュー
今年で創設76年目となる、早稲田大学を拠点に活動する繊維研究会のファッションショーが昨年12月に行われた。今回はファッションに関わる学生に焦点を当てたインタビューとして、繊維研究会の代表兼デザイナーを務める井上航平さん、デザイナーを務める長野桃子さん、阿部櫂斗さんに今回のお話を伺った。

ーまず活動内容から簡単にお願いします。
井上:僕らは週に1回、毎週水曜日に早稲田の学生会館で会議を行なっています。1年間の大きなゴールとしては毎年冬に行うファッションショーがあり、それに付随して展示会や小さなイベントも行っています。
ーほか服飾団体との相違点、早稲田の繊維研究会にしかない強みを教えてください。
井上:自分たちの活動の軸として、ファッション批評というものがあります。ファッション業界で起こっているさまざまな出来事を批評しており、それを表現する手段として、洋服作りやファッションショーの演出を用いています。ファッションをメディアとして扱うのが、僕らの特徴です。
他の団体と特に異なる点は、批評からコンセプトを考えて、それをもとにファッションショー、服作りや演出を決めているところです。全体の演出がコンセプトに沿っているため、一貫した世界観を表現できることが強みだと思います。
ー改めて今回のショーのテーマを教えてください。
井上:まず、本年度のショーのタイトルは「透き間、仄めき」です。そして、批評をもとに考案したコンセプトが「見えないものを見る」でした。
見えないものって、例えば余白の美学だったり、本でいうと行間に意図があることだったりしますよね。音楽だと休符にも意図があるとか、ないのにそこにあるみたいな。それがすごく良いよねという話になりました。しかし、それをファッションという世界に持ち込んだ時に、今はSNS映えするデザイン、パッと見て分かりやすいデザインみたいなのが第一で考えられていると思っていて。もともとあったはずの作り手の意図やこだわりが、無視されてしまっていると感じました。
また、作り手側からも、消費者に受けやすいデザインにシフトしていると感じました。そのような「見えない部分」、「もともとあったはずの、見えなくなってしまっている部分を見る」ということがテーマになっています。
ー改めて今回のショーの見どころを教えてください。
井上「透き間、仄めき」というタイトルには、余白の美学というような、さきほど話した部分からの連想でつけました。
「透き間」には、一般的に使う隙間とは別の漢字を使っています。これには「意図した上で生まれた空間」といった意味があるそうで、そのような部分が不意に目に入ってくることで感じられる情緒を表現したいと考え、テーマとしました。この「透き間」という要素は、演出や服のデザインにおいても大事にしています。「透き間」を表すのに、白い垂れ幕のすきまからモデルが見えるような、また、垂れ幕自体にも照明を当ててシルエットが浮き上がるような演出を用いました。
例年、ルックブック撮影の時にティザー映像を撮ってきました。今年は、ショーが始まる前にオープニング映像を投影しています。オープニング映像の最後をモデルが光に向かって歩いて消えていくように作成し、そこからシームレスにその映像の中のモデルが出てくる演出にしました。このオープニング映像から、実際のショーへつながるという部分が魅力だと思っています。
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○それぞれの「見ようとしたもの」



Designer:井上航平
ー井上さんのルックについて教えてください
井上:服に鏡がついているのですが、「見えないものを見る」というコンセプトから僕は、John Cageの『4’33’’』という音楽を想起し、そこから着想を得ています。
4分33秒間無音が続くという「音楽」で、聴衆は無音に耳を傾けることによって、逆に、自分たちから発されている音や周囲の環境の音に意識が向けていく。これって、「ないのにある」ということじゃないですか。このモチーフをルックとしてどう落とし込むか考えた結果、鏡を服につけることで、モデルを見ているはずなのに、いつの間にか自分を見ていた、という状況を作り出したいと思いました。聴覚から視覚へと置き換えて制作しています。
ー制作期間はどのくらいでしたか?
井上:構想も入れると3〜4ヶ月、実際制作に手をつけてからは1ヶ月ほどです。
ーショーを終えてみて、何か思うことはありますか?
井上:製作中、何度かトルソーに着せてみましたが、トルソーに着せるのと、実際にモデルさんに着ていただくのでは全く見え方も違いました。最終的にショーのお客様に見てもらえた時には作って良かったと思えたのですが、細部に関してはどうしても荒くなってしまった部分もありました。



Designer:長野桃子
ー長野さんのルックについて教えてください
長野:これは鎧をモチーフにしています。「見えないものを見る」という今回のテーマから、私にとっての「見えないけれど、力になるものは何か」について考えてみました。そして、最近アイドルなどがよく行っているインスタライブや配信で、ファンの人たちの「明日夜勤だから応援してください」「明日受験があるので応援してください」といったコメントを思い出しました。
言ってしまえばそのような応援の言葉って、友達や家族など、自分の今までの努力を知っている人たちから応援されるのが一般的ではないですか。しかし、それだけでなく、アイドルのような存在に配信でお願いし応援してもらうという行為に、見えないけれど大きなエネルギーがあると感じました。そういった見えないエネルギーの力は、私にとっては鎧のような存在だなって思っていて。ときには他人からの言葉や、今までの「ちょっと傷ついたな」という思い出から、自分を守ってくれる鎧だと思うんですね。鎧ではあるけれど、ときめきとか、そういう気持ちから生まれた鎧だから、かたいものではなくて、やわらかくて包み込まれるような、ボディースーツのような存在でもある。そういうものをルックに落とし込みたくて、このようなルックを作りました。
ー制作期間はどのくらいでしたか?
長野:2〜3週間ほどです。
ー制作する上で大変だったことはなんですか?
長野:大変だったことは、今回、通常の洋服では使わないような素材を使っていたことです。例えば、少しプラスチックっぽいような、ホースのような素材を使っていて、そういったものをどのように洋服として縫製し、きちんと着られる状態にできるのか、形を保てるのか、そういう面で今回は苦労をしました。
ー実際にショーを終えて何か思うことはありますか?
長野:制作期間は、人に着てもらう機会があまり取れませんでした。今回は身体にぴったりなサイズ感で作っていたので、そういったところで不安がありました。それでもモデルさんに着てもらったときに、作ってよかったな、このルックかわいいなと思うことができ、終わってみて自分のルックをかなり肯定的に捉えられたと感じています。



Designer:阿部櫂斗
ー阿部さんのルックについて教えてください。
阿部:僕がテーマにしたのは、人の心の煩雑さです。人との距離感だったり、こうしたいのにできないというジレンマだったり、いろいろ人が抱えているところを服に落とし込めたらな、というふうに思って作った作品です。
正面は鳥肌が立っているような、パンツは皮膚からはみ出ているような感じをイメージしています。全体的に肌色をベースとしてカラー選びをしました。パンツはコーデュロイの下地に、本物の羊の毛皮を使っているのですが、これで鳥肌が立つような感じを、正面のインパクトとして出せるように意識していて、上は緊張感を大切にしています。後ろから見た時に、その人の気持ちがいろいろ複雑に絡み合う様子を表現したかったので、パンツは編み込むように作りました。バッグは、心臓の形を模していて、『毛の生えた心臓』という言葉から着想を得て、「自分の強さを持っていたい」という思いで作りました。
ー制作する上で大変だったところを教えてください
阿部:本物の羊の毛皮を使ったので、それが分厚かったです。ミシンで縫うことはできても少し硬かったり、厚みもバラバラだったりしてそれらを縫い合わせるところが大変でした。それから、パンツも平面的な形ではなくパンツを巻き込むような形で作りたかったので、実際にトルソーに着せながら縫い付けていくというような手作業か多く、大変でした。
ー1年生ということで、早稲田大学繊維研究会としての初めての一年間はどうでしたか?
阿部:自分が作りたい形にしていくうえで、変えたいところが出てきた際に素材と合うかどうかなども考える必要がありました。そのようなところを作り込むのがすごく難しかったです。これからもそこは勉強していきたいと感じています。
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○繊維研究会としてのこれからの意気込みはありますか?
井上:自分はもう3年生なので引退してしまうのですが、これからの繊維研究会には、今まで通りの、今ある良さみたいなものは、生かしてそのまま進んでほしいなと思います。多くの人に知ってもらいたいとは思っていますが、そのために今までのスタンスを崩すことはしてほしくなくて。今までの良さを生かしつつ、大きくなっていって欲しいです。
早稲田大学繊維研究会
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