変わりゆく中で変わらないものとはー繊維研究会が実践する”ファッション批評”|早稲田大学繊維研究会ファッションショー『それでも離さずにいて』学生インタビュー
早稲田大学繊維研究会は1949年に創立された歴史あるファッションサークルだ。彼らのファッションショー『それでも離さずにいて』が昨年12月7日科学技術館で行われた。団体の伝統を守りながら、どのような表現に挑んだのか。昨年度代表の長野桃子さん、代表のグイ蘭丸さん、副代表の石塚然さんに話を伺った。

左より:石塚然さん、長野桃子さん、グイ蘭丸さん
―改めて、団体の理念や今年の活動方針について簡単な紹介をお願いします。
長野:早稲田大学繊維研究会は、数多くあるファッションサークルの中でも、「ファッション批評」を軸に活動している団体です。ここでいうファッション批評とは、ファッション業界を取り巻く状況を理論的に捉え、服作りと演出実践の両面から表現していくことを指しています。
2025年度の方針としては、ここ数年、繊維研究会に対して柔らかな印象を持たれることが多かったため、あえて違う一面を見せたいと考えました。そこで2020年頃の繊維研究会に立ち返り、直線的・幾何学的な印象を意識したショー作りに取り組みました。また、コンセプトを明確にし、全体の統一感を持たせることで、部員全員が同じ方向を向いて制作できるよう強く意識した一年だったと思います。
―今回のファッションショー『それでも離さずにいて』のコンセプトについて説明をお願いします。
長野:『それでも離さずにいて』は、今回のショーのタイトルです。テーマには「変わりゆく中で変わらないもの」を設定しました。忙しなく移り変わる流行のサイクルや、それに伴い加速する物の流れは、社会構造そのものがもたらすものであって、学生である私たちが簡単に変えられるものではないと考えています。
だからこそ、私たちが今できることは何かを考えたとき、速度そのものではなく、その流れにどう向き合うかという「対峙する姿勢」に重きを置きました。無批判に流れに従うのでも、強く拒絶するのでもなく、加速する社会の中で自らの軸を確かに立て、主体的に選び取っていくこと。変化を前提としながらも、自分自身の価値観を手放さずにあり続ける姿勢を、今回のショーで表現しています。
―会場の演出やこだわりについて
蘭丸:演出については、主に会場空間、照明、音響を軸に考えました。ここ2年ほどは、白を基調にした木床の柔らかな印象の会場を使ってきましたが、今年はコンセプトや理念でも触れた「幾何学的で硬い印象」を表現するため、コンクリート壁やタイル素材の会場を選びました。柱や直線構造が可視化された空間で、寒色系のタイルなど、材質面からも硬さを感じられる場所です。
照明と音響も一貫して同じテーマを意識しています。客入れの段階では青みの強い照明を使い、最初の印象をあえて硬くしました。ショー中も寒色系の白い光でルックを照らし、ここ数年とは異なる空気感を作っています。
また、最後のルックがはけてからフィナーレまでの約30〜40秒間に、照明と音だけによるインターバル演出を設けました。消費や流行が自動的に更新されていく社会のイメージを表現したもので、個人的には「都市と物流」を連想し、高速道路や電車の車窓を、照明と音響で再現することを試みました。どこまで伝わったかは分かりませんが、例年とは違う挑戦ができたと思います。
もう一つ特徴的なのが送風機の演出です。ランウェイの数カ所に送風機を設置し、各ルックに必ず揺れる装飾を取り入れました。ルック自体には動きを与えつつ、全員が携行する手持ちアイテムにはあえて動きを出さないという制約を設けています。送風機の前でルックだけが揺れ、アイテムは静止しているという対比によって、流されがちな社会の中でも手放してはいけないものを表現しようとしました。
―空間作りの中で難しかったことや壁などはありましたか。
長野:昨年までのショーを超えたいという意識もあり、今年はいくつもの新鮮な演出表現に挑戦しました。その分、実際に踏み切る前には部員同士で議論を重ねる場面が多く、最終的な判断までに時間をかけた部分も多かったと思います。
―新しい挑戦を重ねる中で、「ここだけは守ろう」と意識していた繊維研究会としての軸や大切にしている部分はありますか。
長野:「ファッション批評」というのがやはり大きな軸ではあるので、そのコンセプトを最大限に表現する手段として、時には攻めることもしたいと思っています。 ただその一方で、その表現が繊維研究会として必然性のあるものか、斬新さだけが先行してしまわないかを慎重に考えながら、表現の意味を整えていました。
また、批評を軸とするわたしたちのファッションショーは、足を運んでくださる方との対話の場でもあります。だからこそ、自分たちだけで完結せず、お客様にも伝わるように、端々まできちんとコンセプトを通した上で、その思考の痕跡を残すことを強く意識しました。
−学生としてファッションショーを行う意義とは?
長野:学生という立場だからこそ、既存の枠組みにとらわれず、柔軟で独立した視点を持てることが一番の強みだと思っています。早稲田大学繊維研究会はインカレのサークルでもあるので、さまざまな大学や学科の学生が集まっており、進路もファッション業界に限らず多岐にわたっています。そうした多様な背景を持つ学生同士が、新鮮な学びや視点を持ち寄りながら意見を交わせる環境であることも、ファッション業界に進む前の学生が集まる場だからこそ生まれる価値なのではないかと感じています。
―ほかのファッションショーを行う学生団体との相違点は何でしょうか。
長野:私たちは「服を見せる」だけではなく、ファッションを取り巻く状況を捉え直し、ショーとして提示するという意味で、批評性を活動の中心に置いている点が大きな違いだと思います。
―ファッション批評というのは繊維研究会設立当初から大切にされている理念なのでしょうか。
長野:設立当初は繊維産業の研究を行っていたと聞いていますが、活動の幅が広がる中で、企画・制作・運営を含めたファッションショーの形へと変化してきました。
その上で、近年は「ファッション批評」という軸だけは忘れずに活動してほしいと伝えられています。表現方法やものづくりの形が変化しても、繊維研究会としての芯はそこにあると感じています。
Look 3 facade in motion
デザイナー:石塚然さん



―ルックの説明、インスピレーション元やこだわりをお願いします。
今回のショー全体のテーマとして「変わりゆく中で変わらないもの」が設定されていました。自分は「変わりゆくもの」を、たとえば職業や年齢、見られ方というような、社会的な役割、「その中でも変わらない、大事にしたいもの」をその人の内面や内的な部分としてルックを制作しました。
今回、自分の考えたことを表現するうえで、「面」という言葉をキーワードとして制作しています。「面」という言葉は「内面」「意外な一面」「二面性」など人の性格を表す言葉によく使われるほか、服のパターンを考えるうえでも面白い概念だなと思い選びました。
まず、スカートとトップス、携行アイテムのパターンを全く同じものにして、縮尺を変えて三つ生地を取って制作しました。各アイテムは縮尺は違いますが実は形が同じなんです。これも「面」というテーマに付随して、平面でパターンを作っています。同じパターンでありながらも素材や縮尺を変え、それが一目ではわからないような構成にすることで、ものごとを一面的に捉えないことの重要性を表現しています。自分は服飾学校でパターンを学んだりはしていないので、平面で作るという発想は自由で自分らしいかなと思っています。
また、人の内面を見つめることの重要性を表現するために、第一印象と横から見た時の印象の違いを出したかったので、正面と背面で見え方に違いが出るデザインにしています。ショーでは、最初は正面が見えていますが、モデルがランウェイを歩いていくにつれて、横や背面が見えてくると思います。このルックでは、正面から見ると一般的な学ランに見えますが、横や後ろから見ると学ランの袖に見えていた部分が実際の袖ではないとわかり、印象が変化するようになっています。
このルックは学ランをモチーフにしているんですが、これは「社会的な見られ方」の一つとして、自分自身の高校時代の制服である学ランを想起したところから来ています。
携行アイテムには二つモチーフの軸があって、一つ目は、学ランを着た昔の不良が通学バッグを平らに潰して使っていたという文化から着想を得ています。
二つ目に、パイプのように囲っている部分はプラモデルの「ランナー」という部分をモチーフにしています。組み立てる前の、プラモデルのパーツ同士を繋げている枠のような部分のことですね。今誰かがまとっている制服であったりリクルートスーツであったり、そういったものが、自分から選んだものではなくて、社会に否が応でも着させられているものだ、ということを表現したくて。また、スカートや靴下の紐が垂れているようなディテールは、ランナーが切り離されているような見え方にしたくて、要所要所にこのようなデザインを取り入れています。
Look 24 un pied pensant
デザイナー:グイ蘭丸さん


―ルックの説明、インスピレーション元やこだわりをお願いします。
タイトルのun pied pensantというのは、フランス語で「考える足」という意味で、パスカルの「人間は考える葦である」という言葉をもじったものになっています。
今って、例えばコマーシャルや雑誌の広告でも、見たものを刷り込まれてそれを消費するとか、教員とか親とかに刷り込まれたものをそのまま鵜呑みにして将来の選択をしたりするという風潮があると思うんです。「脳死で何々する」という表現もありますよね。ショーのテーマについて考えた時に、「脳死で」というのをなくすために保持しなければならないものは思考かなと思って。何かを需要する前に、まずそれについて考えること。「思考を保持しよう」という意味がこのタイトルに込められています。
変遷の中で自己を保持することに対して、自分の中に「水流の中で両足で立っている」ようなイメージがありました。このイメージがタイトルの足という部分にも繋がっています。
また、流行や変化の上に立っている足というイメージに関連して、「カニクレーン」という重機をデザインのモチーフにしています。これは、足場が不安定なところでは脚を四本出して安定性を確保して作業するという重機なんですが、その部分が、不安定に変わっていく足場、社会の上に思考で立つということにリンクしていると思って、これをモチーフに制作しました。
反映されている部分としては、主に、袖とパンツの裾の二重になっている部分です。カニクレーンの四本足を袖と裾に投影しました。ボタンを止められるようになっているのですが、ショーでは片方だけ外したりしています。
また、ハイネックや胸のボタン、背面や袖口のベルトのような意匠なども重機から連想してワークっぽさを少し入れたデザインにしています。ワーク感を入れすぎるとショーの雰囲気から外れてしまうので、生地をウールの入った毛羽立ったものにしたり、ボタンをマットの素材にしたり、ジップを使っていなかったり、そういうところで調整をしながらコンセプトとも両立を図っています。
携行アイテムはバラの花束がモチーフなのですが、アルミホイルで制作しています。今回のショーでは、携行アイテムは揺れてはいけないという規定があったのですが、植物は普通、風などでふわふわ動いてしまいますよね。これも、「芯がなければ流されてしまう」という部分でコンセプトに通じていると思い、花を金属にすることで「自己を保持すること、放棄しないことによって流されなくなる」ということを表現しました。バラにしたのも、棘があることから、流されないイメージがあるので。
Look 2 不揃いの秩序
デザイナー:長野桃子さん




―ルックの説明、インスピレーション元やこだわりをお願いします。
長野: 現代社会で求められている応答の速さや、整った正しさ、振る舞いに対して、自分なりの朗らかな抵抗を示したいと思いこのルックを考案しました。SNSの普及によって常に誰かの視線を意識することが当たり前になり、 ますます完璧さや合理性が求められる今の時代に、少し距離を取って、不器用であっても自分であり続ける姿勢を肯定したいという思いがあります。
ルックは全体的に直線でタイトなシルエット作りを心がけました。スーツの形をなぞることで、形式化された服の構造を強く押し出し、現代の“正しさ”が持つ緊張感や窮屈さを可視化するような構造にしました。シャツとスカートの裾や袖先は、透けた素材のリボンが揺れる構造になっています。これは現代社会における透明性だったり、不確かさの揺らぎを表現しています。
もう一つこの発想の原点になっているのが、繊維研究会で過ごす中での経験です。好きな服を着ている仲間たちがいつもそばにいるのですが、就活が訪れると決まってみんな同じ形のスーツに身を包む光景が広がる。これが少し言葉にしづらいけど、寂しさを感じたことがあって。昨年は繊維研究会を卒業する年でもあったので、最後にその感覚も形に残せたらいいなということでルックに落とし込みました。
携行アイテムとして持たせているカバンは、スーツの延長線上にあるビジネスバッグをモチーフにしています。ただし、ルックとは対照的にいくつもの色を用いた手縫いの刺繍で不規則な模様を施しました。そこには、手仕事の温かさや人間らしさ、不揃いな部分の愛おしさへの思いを込めています。
Look 29 矜持を縫う
デザイナー:長野桃子さん


長野:ものづくりの姿勢に対する自分自身の葛藤と、作り手として忘れずにいたい誇りをテーマに制作しました。もともと繊維研究会には、服やものづくりが好きという理由だけで入りましたが、周りが制作しているのを見る中で競争心が芽生え、いつの間にか目立つこととか周りからの評価ばかりを気にしてしまう時期がありました。「派手なものとかインパクトの強いものを作らなきゃ勝てない」というような気持ちが広がっていくことに苦しさを覚えたし、好きなだけで始めたはずなのにその気持ちも手放してしまうようで、そうした風潮に加担したくないという思いも強くありました。
制作している時間は、服と自分だけの関係だけど、人に見られる瞬間に第三者の気持ちや評価が加わることで、服がただの道具になってしまい、本来そこにあったはずの純粋さが消えてしまうと思うんですね。今も人からの見られ方を全く意識しないわけではないですが、今回のルックではそうした揺れを抱えながらも、立ち返るべき「服と自分だけの付き合い方」を表現しました。
ルック全体としては型紙を引くときに使うハトロン紙をモチーフにしていて、紙面上の服のイメージを立体化しました。 形状のモチーフとしては、ファッション業界の職人たちが作業時に着用する白衣と、純粋なものづくりの温かさが残る母親の作業着であるエプロンを掛け合わせています。袖や襟の装飾が何重もの線になっていたり、ほつれたように見える部分は、色々な視点に揺れる心情を表現しています。
携行アイテムは椅子の上にピンクッションを置いたデザインです。椅子は、工房やアトリエで職人が毎日座る椅子から発想を得て、誇りの象徴として取り入れました。ピンクッションについては、繊維研究会で初めてルックを作った時に当日までアームピンクッションを付けて夢中で直しをしていた姿を、友達からかっこいいと言われた記憶が原点です。その、目の前の服に必死だった時間に立ち返りたいという思いから、このアイテムの発想が生まれました。
早稲田大学繊維研究会
Home page:https://sen-i.org
Instagram:https://www.instagram.com/seni_1949
Interviewer, Editor : Mio, Minam, Risa
